特許制度 目次

職務発明制度について特許法と実用新案法について新規性と進歩性について先願主義

職務発明制度について

  1. 職務発明制度の概要
  2. 従来制度との違い
  3. 職務発明に対し企業として対価支払の規定類をどのように整備すればよいか
  4. 職務発明の対価額の算定基準はどのようにすればよいか

はじめに

 職務発明に対する対価請求訴訟が頻発し、社会問題化したことから、平成16年に大幅に改正された。 この改正により、訴訟件数の大幅減少が期待されたが、今なお大企業を中心に対応に苦慮し、 相当の労力を費やしている現状がある。そこで、特許庁は職務発明条項(特許法第35条)の改正をすべく、 実態調査に動き出したようである。
 職務発明訴訟の多くは、発明者の「感情」問題、「労務」問題であるという見解もある。 それが真実である否かはさておき、某外資系大企業の発明者は入社当時の契約書を見ると訴訟できない、 と言っていることから、契約の問題かも知れない。 また、その外資系企業の社内通路の至るところには、大発明をした社員を表彰する展示コーナーが設けられており、 発明者としての自尊心を満たしていたと思われる。
   以下、昔のレジメに若干の手直しを加えたものであるが、現行の職務発明制度の考え方の参考に供する。

1.職務発明制度の概要

  • 使用者の立場
     従業者等(発明者)に設備・資金を提供し、発明に貢献している。
    そして、企業のブランド力・全社的な取り組みにより、発明製品が売れる。
    しかし、リスク大きい。
  • 発明をした従業者等の立場
     特殊な能力・努力により発明をしている。(発明を業務とする従業者等は誰でも発明する訳ではない。)
    しかし、通常リスクなし。

使用者等と発明をした従業者等、及び他の従業者等とのバランスを図る必要

  • 使用者等と発明をした従業者等とのバランスを図る必要
  • 発明を業務としない従業者等と、発明をした従業者等とのバランスも重要
     発明を業務としない従業者等の不公平感が高まると、モチベーションが低下するなどの問題が生ずる。

2.従来制度との違い


現行法 旧法
1項 改正なし 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2項 (実質改正なし)
従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、予め使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ又は使用者等のため専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3項 (実質改正なし)
従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第34条の2第2項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。
従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより、職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため専用実施権を設定したときは相当の対価の支払を受ける権利を有する。
4項 契約、勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には、対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであってはならない。 前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。
5項 前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

特許法第35条第1項

  • 従業者等
     職務発明 → 特許を受ける権利が発生
     従業者=発明者 に特許を受ける権利は原始的に帰属する。
  • 使用者等
     使用者等 → 従業者又は承継人が特許を受けたとき、無償の通常実施権を有する。

特許法第35条第2項(予約承継)

従業者 →(特許を受ける権利)→ 使用者
職務発明に係る特許を受ける権利・特許権を承継させ、特許権について専用実施権を設定することをあらかじめ定めた契約・勤務規則その他の定めの条項は有効。 (職務発明以外については無効)

  1. 従来通り、職務発明について、会社が予約承継する旨の契約・勤務規則その他の定めの条項は必ず必要。
    • 職務発明ごとに、譲渡証をもらう。  譲渡証には、直筆で住所・氏名を書いてもらう。朱肉の押印(できれば、同じ印。届出印を作る。)
    • 業務発明については、届け出義務を明記。
       業務発明ごとに協議。必要に応じて個別に契約。
  2. 職務発明・業務発明を会社として承継しない、又は承継したがその後放棄する場合の取扱いが問題になる。
    • 出願しないことを決定したとき
       権利化の価値なし
       ノウハウ → 職務発明と同等に扱う必要あり。
    • 出願後に、審査請求しないことを決定したときや、登録後に、年金を納付しないことを決定したとき等。
       職務発明をした従業者等に返す必要があると考えられる。
      →名義変更をして、維持できる機会を与える。
  3. 外国出願も含めるか否か(明記すべき)

特許法第35条第3項(対価請求権)

契約・勤務規則その他の定めにより、職務発明に係る特許を受ける権利・特許権の譲渡又は(仮)専用使用権の設定を受けた使用者等
↓ 「相当の対価」を支払う必要
特許を受ける権利を譲渡等した従業者等(対価請求権を有する)

特許法第35条第4項(改正)

職務発明に係る「相当の対価」の決定が、使用者等と従業者等の間の「自主的な取決め」に委ねられることが原則
契約、勤務規則その他の定めにおいて、「相当の対価」を定めるのにあたり、「自主的な取決め」に委ねる3要件

  1. 対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況
  2. 策定された当該基準の開示の状況
  3. 対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況

特許法第35条第5項(改正)

3要素が満たされない場合や、もともと対価決定基準が定められていない場合
→ 従来通り、裁判所が「相当の対価」の額を定める。

3.職務発明に対し企業として対価支払の規定類をどのように整備すればよいか

合理性判断の3要件

第一の要件:協議

対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況

「協議」とは、対価を決定するための基準を策定する場合において、その基準の策定に関して、基準の適用対象となる職務発明を行う従業者等(又はその代表者)と使用者等との間で行われる話し合い全般を意味する。

  1. 協議の対象者
    • 対象となる従業者等(又はその代表者)と協議を行うことが必要。
    • 協議の対象者は、必ずしも従業者等全員である必要はなく、発明の出る可能性のほとんどない組織の従業者等は協議対象から外すことも可能。
       ただし、協議から外した従業者等が職務発明をした場合は、承継時に個別に協議するか、協議の状況を説明し、納得してもらう必要がある。
       予約承継は、従業者等との協議を経なくとも規定することができるので、対価を決定するための基準の策定について協議を行わない従業者等も社内規定の対象になるように注意する。
    • 協議を行った基準については、労働協約、就業規則、社内規定等で設定できる。
       労働協約の場合は、労働組合の組合員のみが対象
       就業規則、社内規則の場合は、全従業者が対象
       したがって、労働協約で設定する場合は、就業規則等でも設定する必要がある。
       対価を決定するための基準は、定期的に改定することは必須ではないが、労働協約で設定した場合は3年以内に見直す必要がある。また、就業規則で設定すると、変更する場合には、労働組合や労働者の過半数を代表する者との協議が必要になる。
  2. 協議事項
    • 協議に当たって、基準の内容を従業者等(又はその代表者)に十分理解してもらえるよう必要な説明をした上で進めることが必要。
    • 従業者等との協議には、対価を決定するための基準そのものだけでなく、従業者等がそれを見れば対価の額や算定の仕組みが理解できる程度の説明資料を準備することが望ましい。
       対価を決定するための基準に示された対価の額の妥当性について、従業者等に対し、会社の理念や経営環境などを示すことが望ましい。
    • 対価の支払方法
      • 出願時、登録時、実施時のように、分割して支払う方法
      • 承継時や登録時に一括して支払う方法など
    • 従業者等との協議が適正であれば、対価の額に上限を設定したり、対価の額に他社と差があってもよい。
  3. 協議方法
    • 従業者等の代表者と協議する場合、協議の相手となる代表は、労働組合、管理者組合の代表、研究者を代表する者等が考えられる。その代表者は、従業者等を正当に代表していることが必要。
        従業者等の代表としての労働組合と協議を行う場合であっても、更に管理者や非組合員との協議も必要。
       「正当に代表する」とは、従業者等が明示又は黙示に代表者に協議権限を委任していること。
    • 従業者等全員と協議を行う場合、社内イントラネットを使用して従業者等全員と協議を行ってもよい。
       この場合、十分な期間を定めて従業者等から意見や質問を収集し、それに対する回答を行うことにより、協議の状況を作ることが望ましい。
       イントラネットで意見や質問を求めていることを、従業者等に周知させること。
  4. 協議の終了
     協議において、実質的に協議が尽くされたと言える状況になっていれば、合意が得られなくとも、協議を終了することができる。
    • 意見や質問がほぼ出尽くして、それについての回答がなされている場合
    • 十分に時間をかけて協議をしているが、意見が堂々廻りをしている場合など
第二の要件:開示

策定された当該基準の開示の状況
 「開示」とは、対価を決定するための基準を策定した場合において、その基準を職務発明を行う従業者等が見ようと思えばいつでも見られる状態にする(提示する)こと。

  1. 開示方法
     原則、他の社内規定と同じで、従業者等全員を対象に開示する。
    • 従業者等がアクセス可能なイントラネットのホームページに掲載
    • 小冊子に掲載して全員に配布
    • 従業者等が閲覧できる勤務場所に常備する
  2. 後日の紛争を想定して、開示方法などの記録を残す。
  3. 対価を決定するための基準は、従業者等がその開示内容から、対価の算定の仕組みが理解できる程度まで開示されていることが望ましい。
  4. 新入社員や中途採用社員等に対しては、
    • 採用時に基準を開示する。
    • 入社後、発明の承継時までに基準を開示し、説明する。
    • 試用期間がある場合は、試用期間内に基準を開示し、説明する。
    • 他の各種社内規則の同意を取るのと同時に基準について同意を取る。
  5. 社外に開示する必要はない。
第三の要件:意見の聴取

対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況
「意見の聴取」とは、職務発明に係る対価について定めた契約、勤務規則その他の定めに基づいて、具体的に特定の職務発明に係る対価の額の算定を行う場合、その算定に関して、当該職務発明の発明者である従業者等から、意見、不服などを聴くこと。

  1. 個々の発明について、対価算定に当たって発明者から意見の聴取を行わなくてもよいが、対価を算定し、支払を行った後に、意見、不服を聞くことは必要。
    • 意見の聴取は、対価算定前に行うことも可能であるが、対価算定後に不服申立の形をとる場合は、申立期間を設定するのが望ましい。
       意見を聴取(不服申立受理・検討)する組織としては、対価を算定した組織とは別の社内組織や社外の第三者機関でなくても、対価を算定した組織において再度検討することであってもよい。
       意見の聴取期間としては、1〜6ヶ月程度が考えられる。
    • 対価の額に関する不服申立に対しては、売上、利益の額や発明の評価、貢献度など対価算定の基礎となるデータ、対価の決定された手続きについて説明を行い、理解を求めることになるが、必ずしも合意しなければならない訳ではない。
       対価の合理性の説明に必要な実施料率、額などがライセンス契約で秘密事項とされている場合は、開示できない場合がある。
       ただし、従業者等には守秘義務があるという前提のもと、また、退職者など現従業者等以外の発明者については、守秘契約を締結した上で、開示することも可能。
    • 発明者が複数存在し、そのうち1人から不服申立が提出された場合、内容によっては客観性を高めるために、その他の発明者から意見を聴取することを考慮するのが望ましい。
    • 意見の聴取時に圧力をかけることや、後に処遇で不利益を与えるような行為は避けなければならない。
  2. 後日に紛争が生じる場合を想定し、誰から何についてどのような意見・不服が出て、それに対してどのような対応をしたのかについて、記録を残す必要がある。

その他の付随事項

  1. 社内制度の名称
     特許法第35条で定める「相当の対価」を支払う社内制度・規則の名称は、実質的にそれが果たされるのであれば、何でもよい。ただし、従業者等との協議において、第35条で定める対価であることを明らかにしておく。
  2. 社員のインセンティブ
     「相当の対価」の支払い以外に、更に、表彰制度や褒章制度を導入し、企業の利益に貢献した功労者に報いることも、企業と従業者等の良好な関係を構築するには有効。
     企業に多大な貢献をした発明については、発明者の名前、写真のほか、発明にかかる製品などを展示して、社内外に知らしめる。
  3. 対価を決定するための基準の改定
     対価を決定するための基準を改定する場合は、原則協議が必要。
     基準を改定するとき、旧基準時の発明について、新基準を適用するか否かについて協議し、合意に達しておくことが必要。
  4. 退職者への対応
    (意見の聴取)
     退職した発明者からの意見の聴取については、通常の発明者と同様に行うことができるが、対価支払の通知の際に、対価に対する意見の聴取の機会があることを知らせるのが望ましい。
    (基準の改定)
     基準の改定に当たって、発明者が退職している場合、実質協議ができないが、改定基準は現職者が十分協議した結果と考えられるので、退職者の発明について新基準を適用して対価を支払い、これに対して意見・不服を述べる機会を与えることが有効。

4.職務発明の対価額の算定基準はどのようにすればよいか

(1)発明の対価の算定方法

 原則として、職務発明に係る「相当の対価」の決定は、使用者等と従業者等の間の「自主的な取決め」に委ねられる(新4項)。しかし、エイヤーで決めれない。誰もが納得する算定方法が求められる。
 今後も、過去の判例によって形成されている算定方法にしたがって発明の対価が認定されることになる。
 裁判所がどのような算定方法で発明の対価を認定しているのかを理解することが重要。

(2)発明の対価の計算式

旧4項及び判例の次の計算式をベースに、新5項の趣旨が加味されるものと思われる。
対価の額=発明により使用者等が受けるべき利益×従業者等の貢献度

(a)発明により使用者等が受けるべき利益

 「発明により使用者等が受けるべき利益の額」すなわち「発明によって企業が得る利益の額」とは、「その発明を自社の製品に実施して得られる利益」ではなく、「特許権の取得によりその発明を実施する権利を独占することによって得られる利益」すなわち「独占の利益」であると解されている。
 「使用者等が受けるべき利益」とは、裁判のときまでに生じた(とみなされる)既発生の利益に限定されず、特許の有効期間満了までに生じると予想される将来利益も含むものと解されている。
 具体的には

  1. ライセンスしている場合
     現実のライセンス収入
  2. ライセンスしていない場合
     「特許権の効力として他社に発明の実施を禁止したことに基づいて得た利益」が独占の利益。
     仮に他社にライセンスしたと想定して、その場合の他社の仮想売上高と仮想ライセンス料率を見積もって、仮想ライセンス収入を算出する方法が採用される。
     仮想ライセンス収入=他社の仮想売上高×仮想ライセンス料率
     他社の仮想売上高の決め方は、「自社の売上高と同額」、「自社の売上高の1/2とか1/3」というように、自社の売上の何分の1という決め方をしている。明確な根拠がない。
     仮想ライセンス料率は、同種の技術分野の一般的なライセンス料率などを考慮して決められる。
  3. クロスライセンスの場合
     クロスライセンスとは、両者がそれぞれ保有する特許を相手方にライセンスしあうことであり、多くの場合、ライセンス料の支払いを伴わない。
     クロスライセンスがなければ他社に対して一定のライセンス料を支払わなければならなかったはずであると考え、支払いを免れた仮想ライセンス料が独占の利益に当たると解されている。
     他社からライセンスを受けた特許を使用している自社製品の売上高を推定し、それに仮想ライセンス料率を乗じるという方法で、本来他社に支払わなければならなかったはずの仮想ライセンス料を算定する。
(b)従業者等の貢献度

 従業者等の貢献度は、100%から会社の貢献度を引いた値。
 かなり感覚的に決定されている。

判例に考慮された事情

  • 発明当事の職位
  • 他の補助スタッフ(部下)の多寡
  • 会社のコンピュータ等研究設備の利用の程度
  • 発明の実施化に当たっての研究投資額の規模
  • 発明以前にどの程度の技術的蓄積が会社にあったか、など

→ 貢献度の認定基準は極めてあいまい。

新35条5項
その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献、従業者等の処遇、及びその他の事情を考慮して定めなければならない。
判例における発明者の貢献度

味の素東京地裁2004.2.245%
日亜化学工業東京地裁2004.1.3050%
日立金属東京地裁2003.8.2910%
日立製作所東京高裁2004.1.2920%、30%、20%
ニッカ電測東京地裁2002.9.1060%
三徳大阪地裁2002.5.2350%
オリンパス光学工業最高裁2003.4.225%
象印マホービン大阪地裁1994.4.2820%

(3)発明の対価算定方法の問題点

  1. 予測可能性の欠如
    • 対価の算定方法があいまいで、合理的な発明の対価がいくらなのか予測できない。
       後で、いくら請求されるのか予測できない。
    • 発明のなされた後の事情も会社の貢献として考慮できるか。
       見解が分かれる。
  2. 特許の有効性
    • 特許の有効性や権利範囲について、テストを受けていない。
       無効審判で無効になることも多い。
       発明の優劣と特許権の強弱(権利範囲の広狭)は別問題。
       ライセンス交渉の場で十分検討されることが多い。
       ライセンス実績のない特許は危うい。
  3. インセンティブ
    • 特許法35条の発明の対価の目的が、技術者・研究者に対して発明に対するインセンティブを付与することにある。
       裁判所の算定方法は、企業が得た利益の分配という考え方に基づいている。
       インセンティブという観点からは、成果を出した従業員に、評価されているという自尊心と満足感を与えるために必要・妥当な水準というものが自ずと存在する。
      (発明譲渡対価の実質がインセンティブであるとすると、当該企業の他職種(営業職など)との均衡が重視されるべきであり、他の職種のインセンティブがたかだか数百万円の企業において、発明者のみに数億円の報奨の可能性を認めるというのは少なくとも均衡という観点だけからすれば合理性がない。
       あらゆる社会において、リスクとリターンは比例すべきである。もし、発明者が数億円のリターン権を主張するならば、その代わりに企業は同等のリスクを発明者に課すことができるということになるが、それはすでに企業と従業者との関係ではない。従業員発明者は、企業に所属することによって安定した地位を確保し、リスクヘッジをすることを選択したのであるから、生涯賃金の数十倍にも相当するようなリターンを期待し、請求すること自体、本来は理にかなわないことである。
       推測するに、東京高裁はこのような考え方の下に上限額(6億円と言われている)を提示したのであろう。…このような考え方は少なくとも法的土壌には乗らないがために、和解という非法律的な態様でしか決着を図れなかったのではないだろうか。)(弁護士・弁理士 鮫島正洋)
  4. 事業化のリスク
    • 企業が発明を事業化して成功させる間に有するリスクの大きさを、裁判所は正しく評価していない。
    • 職務発明訴訟では、多数の特許の中からたまたま成功につながった特定の特許だけが審理の対象になるため、他の多数の特許の存在や研究開発努力は軽視されてしまう。

以上